Web開発から見えた、組み込み開発というもう一つの世界

私はこれまで、Web制作からWebアプリケーション開発まで、主にフロントエンドを中心にキャリアを積んできました。最初の3年間は、HTMLやjQuery、WordPressといった比較的レガシーな領域でのコーディングや実装を経験し、その後の2年間はReactなどを用いたWebアプリケーションのフロントエンド開発に携わってきました。バックエンドについては、Flaskを中心とした技術を自己学習で補いながら、個人開発や学習プロジェクトでの実践を積み重ねている段階です。
そんな私が最近、ひょんなことから「組み込み開発」の現場に触れる機会を得ました。C言語をベースにしたシステム開発、限られたメモリとリソース、そして何より「安全性」がすべてに優先される設計思想。これまで慣れ親しんできたWeb開発とは異なる前提と文化に、多くの驚きと新しい学びがありました。
本記事では、Web系と組み込み系の開発スタイルを比較しながら、組み込み開発の奥深さと、それまで当たり前だと思っていたWeb開発の抽象化技術のありがたみに改めて気づかされたポイントを中心にご紹介します。
目次
Web開発の当たり前
ReactやFlaskなどを活用したWebアプリケーション開発では、ユーザーからの入力を受け取り、バックエンドへ送信し、必要に応じてデータベースへ保存・取得を行い、再び画面へ返す——という一連の処理フローがごく自然に行われています。
JavaScriptやTypeScriptによる非同期処理、Pythonの例外処理(try-catch など)といった仕組みは、開発者が安心して開発に集中できるよう設計されたものです。メモリ管理やリソースの解放といった低レベルの処理についても、ランタイムやフレームワークが巧みに肩代わりしてくれます。
ところが、組み込み開発の現場では、こうした「当たり前」がまったく通用しないケースが多く存在します。
組み込み開発を調べていて気づいたこと
最初に感じたのは、「メモリ管理」の違いです。
C言語で開発される組み込みシステムでは、malloc(メモリ確保)とfree(メモリ解放)を開発者自身が責任を持って管理しなければなりません。Web開発では、例えばJavaScriptのガベージコレクションや、Pythonの参照カウントといった仕組みによって、開発者が直接メモリ解放を気にすることはほぼありません。
ですが、組み込み系では話が別です。限られたメモリ空間の中で効率よく処理するためには、使い終わったメモリを必ず解放しなければなりません。もし free を忘れてしまえば、メモリリークの原因となり、システムが不安定になる恐れがあります。
さらに恐ろしいのは、「同じポインタを2回 free してしまう」ケースです。これは二重解放と呼ばれ、プログラムの予期せぬ挙動やクラッシュを引き起こす原因となります。たった一行のミスが、製品全体の挙動に影響する可能性があるのです。
「安全性」がすべてに優先される世界
Web系では、多少のエラーは try-catch で捕捉して適切に処理をしたり、サービス再起動で事なきを得ることもあります。ですが、組み込み系ではそうはいきません。電子レンジが勝手に動き続けたり、車の自動運転が予期せぬ停止をしたりすれば、命に関わる問題に直結するからです。
そのため、組み込み系では「安全性」が最も重要視されます。コーディング規約もかなり厳格のようで、MISRA-Cのような案件独自のものでないデファクトスタンダードのような規約すら存在するようでした。
安全性に配慮したことが如実に分かる例としては以下のようなものも挙げられます。
・malloc や free の使用は原則禁止、または専用ラッパー経由でしか使わせない
・for ループでは必ず明示的な終了条件を記述し、無限ループ防止の対策を講じる
・エラー発生時の復旧手段(フェイルセーフ)を全ての処理に用意する
このように、Web系開発ではあまり見られないレベルで、安全性が「徹底」されています。
便利さの裏にある「抽象化」の力
このように組み込み系の開発を知ることで、Web開発で当たり前に使っていたツールやフレームワークの「ありがたさ」も改めて見えてきました。
たとえば、
・データベースのような永続ストレージの存在(組み込みでは基本的にRAM)
・フレームワークによるエラーハンドリング
・型安全な言語のサポートやコンパイラの警告機能
・Docker や GitHub Actions などのCI/CD環境整備
これらはすべて、Web系が扱う「変化の速いビジネス要件」に即応するための抽象化技術であり、個人やチームの生産性を爆発的に向上させる存在でもあるのです。
最後に:異なるけれど、共に成り立つ世界
組み込み開発とWeb開発。どちらが優れているという話ではありません。それぞれが異なる前提と制約、目的に基づいて設計されているため、比較するというより「補い合う」関係だと感じます。
筆者は今後もWeb系を中心に活動していく予定ですが、組み込みの視点を得たことで、これまで見えていなかった世界が開けたように思います。
もし今、C言語や組み込みに触れる機会がある方は、ぜひ怖がらずにその世界を覗いてみてください。そこには、Web開発のスピード感とはまた違った、「信頼性」と「責任感」に支えられた開発の面白さが広がっています。